乳癌について

1:乳癌の疫学

(1)罹患数と生涯罹患リスク

  • がん罹患数とは、その年に初めて『がん』であると診断される人の数です。

    2020年の予測がん罹患数は1,012,000例です。(男性582,200例、女性429,900例)

    女性429,900例のうち92,300例が乳癌患者です。
    →これは『がん』と診断される女性の5人に1人は『乳がん』ということを表しています。
  • 生涯罹患リスクとは、一生のうちにその疾患にかかる確率を表しています。

    乳癌の生涯罹患リスクは、2020年では10.6%まで上昇しました。
    →日本人女性の9人に1人は『乳がん』にかかるということです。
  • 乳癌に関しては、罹患数も生涯罹患リスクも年々増加の一途をたどっています。
2020年がん罹患数予測

2019年がん罹患数予測(国立がん研究センター)

(2)死亡数

  • がん死亡数とは、その年に『がん』が原因で死亡する人の数です。

    2020年の予測がん死亡数は379,400人です。
    (男性220,500人、女性158,900人)
    女性158,900人のうち15,500人が乳癌による死亡数です。
  • 乳癌の死亡数は罹患数の1/6程度です。罹患数では第1位ですが、死亡数では第5位になっています。
    →これは、他の『がん』と比較して女性乳癌の生存率が比較的高いことを表しています。
  • 早期に発見・診断し、適切な治療を受ければ、乳癌は『治る』『治せる』ことが多い疾患です。
2020年がん死亡数予測

2020年がん死亡数予測(国立がん研究センター)

(3)罹患率・罹患年齢

  • 日本女性の乳癌罹患率は下記と言われています。
    • 30歳代から増加し始め
    • 40歳代後半でピークをむかえ
    • 50歳代からはほぼ一定に推移し
    • 60歳代後半から次第に減少する
  • ただし、近年の傾向としては
    • 20・30歳代の若年性乳癌が増加
    • 70歳代以降の高齢者乳癌も増加
    しているのが現状です。
  • 乳癌はいまや、『何歳でもなりうる癌』になってきています。

【乳癌】年齢階級別罹患率
(2015年 国立がん研究センター)

乳癌年齢階級別罹患率

2:乳癌の病態

(1)乳癌の発生

乳房の中には、乳汁を産生し分泌するための乳腺組織があります。
乳腺組織は、乳汁を作り出す小葉と、作られた乳汁を乳頭まで運ぶ乳管からできています。

乳癌は、この乳腺組織(乳管や小葉)の細胞が癌化し、異常に増殖することによってできる悪性腫瘍です。乳癌の90%は、乳管の細胞(乳管上皮細胞)からできる「乳管癌」です。

小葉から発生する乳癌も5~10%あり、「小葉癌」と呼ばれます。

乳癌の病態

(2)乳癌の進展

  • 癌細胞が乳管や小葉の中に留まり、外に出ていないものを「非浸潤癌」癌細胞が増殖し、乳管や小葉を破って外に広がったものを「浸潤癌」と呼びます。
  • 乳管や小葉の壁を破り、癌細胞が外に拡がることを「浸潤」といい、浸潤した癌細胞は、血管やリンパ管の中に入りこんで、全身に転移する可能性があります。
乳癌の進展・浸潤癌・非浸潤癌

3:乳癌の治療

乳癌には、5つの標準的な治療法があります。(外科的治療、放射線治療、内分泌療法、化学療法、分子標的薬治療)

癌の進行度やサブタイプ分類、閉経状態や年齢などを総合的に判断し、個々人に応じた治療法が選択されます。複数の治療法を組み合わせて行うのが一般的です。

局所治療

手術・再建
放射線療法

全身治療

内分泌療法(ホルモン剤)
化学療法(抗がん剤)
分子標的薬療法

癌の進行度・サブタイプなどを総合的に判断 → 治療方針は個々人に合わせて選択

(1)外科的治療 ~手術療法~

乳癌の手術治療は、『乳房の手術』と『腋窩(わきの下)リンパ節の手術』を組み合わせて行います。

・乳房の手術
  •  *乳房切除術(全摘出術)
  •  *乳房部分切除術(温存術)
・腋窩リンパ節の手術
  •  *センチネルリンパ節生検
  •  *腋窩リンパ節郭清

術前診断から、個々にふさわしい術式(手術での切除範囲)を決定していきます。

癌の治療を適切に行うことが大前提ですが、当科では美容・日常生活面においても個々の希望に可能な限り添えるような術式を検討しております。手術創が目立ちにくい術式(内視鏡手術や乳輪切開・腋窩切開)、乳頭・乳輪の温存、乳房切除術と同時に行う乳房再建術などについても施行可能です。

(1)外科的治療 ~再建術~

乳房全摘術が必要な方には、形成外科医と連携し、全切除術と同時に乳房再建術(一次再建)を行うことができます。

・一次一期再建

自家組織(脂肪や筋肉)を使用

・一次二期再建

まずは組織拡張期(エキスパンダー)を挿入し一定期間後に人工物(インプラント)に入れ替え

また、乳房切除術後に一定期間経過してからの再建術(二次再建)も可能です。

(2)放射線療法

乳房部分切除術(温存術)後は、原則的に残った乳腺に対して術後放射線療法を追加します。
また、癌の進行度によっては、術式に関わらず周囲組織(胸壁やリンパ節など)に放射線療法を加えることもあります。

放射線療法の目的は、高エネルギーの放射線を用いてがん細胞にダメージを与え、 成長を止めることにあります。 放射線療法は手術と同様に、治療を受けている範囲の細胞のみに効果を及ぼす局所療法です。

(3)内分泌療法(ホルモン剤)

乳癌組織中に、女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)に対する受容体(エストロゲンレセプターERおよびプロゲステロンレセプターPgR)がある場合は、『ホルモンレセプター陽性乳癌』といわれ、『ホルモン感受性がある』と判断されます。
日本人では、乳癌の約70%がホルモンレセプター陽性です。

ホルモンレセプター陽性乳癌の場合、エストロゲンが受容体を介して、乳癌細胞に増殖の刺激を与えています。 このエストロゲンの乳癌に対する作用をなくし、乳癌の増殖を抑えようというのが、内分泌療法の基本的発想です。エストロゲンを抑制する薬剤を使用することで、乳癌再発リスクの低下腫瘍の縮小が期待できます。

(4)化学療法(抗がん剤)

乳癌のサイズが大きかったり腋の下のリンパ節に癌細胞が転移していたり、総合的に判断して、再発や転移の危険性が高い場合には、 手術前または後に化学療法を行います。

乳癌は比較的化学療法の効果が期待できる種類の癌で、現在多くの抗がん剤治療がなされています。抗がん剤は活発に分裂・増殖しようとする癌細胞に働きかけてダメージを与える薬剤ですが、 正常な細胞でも分裂・増殖が活発であれば同様のダメージを受けてしまいます。(血液細胞、消化管粘膜、毛髪細胞など)
このため、抗がん剤の副作用として白血球減少、貧血、脱毛、口腔粘膜びらんや下痢などが現れることがありますが、近年では副作用対策がすすみ、日常生活と化学療法を両立できるようになっています。

化学療法は、手術前に行う場合と手術後に行う場合がありますが、どちらの時期に行っても再発の可能性や生命予後は変わらないといわれています。化学療法を行うことで、乳癌再発リスクの低下腫瘍の縮小が期待できます。

(5)分子標的薬療法

癌細胞では、遺伝子の一部が変異していたり増幅していたりする異常が起きることが多いのですが、乳癌の場合には、約10~20%の割合でHER2(ハーツー)という遺伝子と蛋白が過剰に作られるという異常が認められます。

HER2の過剰増幅が認められるタイプの乳癌には、このHER2蛋白に対する抗体(働きをブロックする物質)を用いた分子標的薬治療が行われます。抗がん剤との併用でより効果を発揮することがわかっています。

~治療法の選択について~

  • 一般的には早期乳がんには手術が第一選択となります。
  • 手術に加えて補助療法(化学療法・内分泌療法・分子標的薬療法)を行うことで、乳がん再発の可能性が減少し、生存率が向上することが明らかになっています。(再発のリスクは約20%~30%低下します。)
  • 乳がんに対する治療法は、がんの進行度やサブタイプ分類、閉経状態や年齢などの医学的診断を基に、個々人の価値観や生活リズムなどを考慮した総合的な判断で決定していくものです。
  • 専門の医師、看護師、薬剤師などのスタッフが協働し、ひとりひとりに最善・最適と思われる治療法を選択していきますので、意見や要望、不明・不安な点などがありましたら、いつでも担当スタッフにご相談ください。